お元気なシニアをクローズアップ!100歳を迎えられる方を取材しました。

2025年11月28日

100歳を迎えられてなお元気に暮らす方々の声には、人生100年時代をいきいきと生活するヒントが詰まっています。
今年度100歳を迎えられる方々にお話をお聞きして、元気なシニアの健康の秘訣や趣味などを御紹介します。

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原藤 卓郎(はらふじ たくろう)さん

(満99歳※ 三鷹市在住) ※令和7年11月28日現在

<プロフィール>
長野県諏訪市出身。旧制金沢医科大学(現・金沢大学医学類)卒業、精神科医となる。医学博士号・精神科専門医を取得後、東京に移り、昭和40年から吉祥寺病院に勤務。昭和56年に同病院院長に就任。平成11年より名誉院長。
また、平成11年より20年間、東京精神科病院協会府中看護高等専修学校校長を務める。平成8年に都道府県医療功労賞。平成30年に東京都功労者(教育功労)。東京精神科病院協会特別会員。

生い立ちを教えてください。

長野県の上諏訪生まれです。家は旅館を営んでいましたが、木賃宿のようなもので、子供ながら細々とした経営という印象でした。旧制中学を出てから、旧制高等学校・大学時代は金沢で過ごしました。同じ下宿の先輩に勧められ精神科医となりました。大学卒業後は、大学病院に勤めながら研究生活を送りました。その後指導教授の紹介でいくつかの一般病院を経て、最終的に昭和40年、吉祥寺病院に赴任することとなりました。以来60年間この病院に勤めています。東京に移ったのは、指導教授が旧制金沢医科大学から東京大学に移られたのに付いていった形ですが、そうした縁が今でも続いており、ありがたく思っています。

御家族について教えてください。

子供は長男、次男、長女の3人、孫は次男の子供が2人います。
最近の楽しみは2か月に1回程度、孫と会って食事をすることです。

現在のお仕事について教えてください。

現役の精神科医として週4日働いています。吉祥寺病院では外来の診察を週2日、介護老人保健施設(老健施設)では施設利用者の診察を週2日しています。

趣味や日課は何ですか。

趣味は囲碁です。パソコンを使ってコンピュータと対戦をしています。コンピュータは強いので、なかなか勝てません。オンラインで対戦を見ていることもあります。また、大学時代に始めたバイオリンを今でも時々弾いています。娘の結婚式の際に披露し、娘にもゲストにも喜んでもらいました。
日課は、職場である病院・老健施設に行くことです。医師として勤めていることが趣味にもなっています。

普段の食事やお好きな食べ物について教えてください。

塩分を控えているため、味噌汁は飲まないのですが、栄養のもとの大豆を取るため、毎朝、スプーン一杯のきな粉と胡麻をヨーグルトの中に入れて食べています。そのほか、糖尿もあり、なかなか制約もあるのですが、妻が上手に工夫しおいしいものを作ってくれています。

長寿の秘訣を教えてください。

健康的な食事や適度な運動が大切なのは当然ですが、加えて、適度に刺激があり、生きがいの感じられる環境、ストレスのない人間関係が大事だと常々思っています。その点、現在の職場のモットーは「笑顔いっぱい、花いっぱい」でうれしく思っています。

これからチャレンジしたいことはありますか。

仕事はもちろんですが、これからもいろんなことにチャレンジし続けたいです。

最も思い出に残っている出来事を教えてください

数々ありますが、最近では患者の立場になり、良い医師に出会えたことです。4年前、大腸がんを患ったとき、東大病院の医師ががんを早期発見してくれて、難しい手術を無事に終えてくれました。これまでにも何回か大きな手術をしたことはありますが、この時は発見がもう少し遅れると危ない状況だったので、本当に救われました。長生きのためには、医師との出会いも大切なことだとつくづく思いました。

これまでの人生を振り返っていかがですか。

これまでを振り返ると、精神科の医師としては、病気というマイナスのものを治療してプラスにするということを、看護学校の校長としては、全く専門的な知識のない、いわばゼロの状態の学生に看護師としての専門的な知識を与え、プラスにしていくという意味で、大きく2つのことを成し遂げることができました。よかったと思います。

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小野 二郎(おの じろう)さん

(満100歳※ 中野区在住) ※令和7年10月27日現在

<プロフィール>
静岡県天竜市(現在の浜松市天竜区)出身。昭和40年に銀座で「すきやばし次郎」を創業。延べ70年以上にわたって鮨職人として活躍。
平成10年にNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」出演。平成23年には映画「二郎は鮨の夢を見る」で世界的に注目を集め、平成26年オバマ元米大統領来日の際、安倍元首相とともに来店。同年、秋の叙勲で「黄綬褒章※」を受賞。平成31年には「ミシュラン最高齢三つ星料理長」としてギネス世界記録に認定。令和7年、大阪・関西万博パビリオン「EARTH MART」にて<未来を見つめる鮨屋>にバーチャルで登場。
※黄綬褒章:農業、商業、工業等の業務に精励し、他の模範となるような技術や事績を有する方に授与

生い立ちを教えてください。

静岡県天竜市で生まれました。7歳から地元割烹に奉公に出て、働き出しました。16歳で横浜の軍需工場に徴用され、19歳で陸軍に召集され、豊橋の部隊に配属されました。補充部隊だったため戦地には赴きませんが、軍隊で十分な食事を食べられなかった経験もあり、料理の道を志しました。
終戦後は浜松の日本料理屋で修業を行い、25歳で上京し、京橋で鮨職人として働き始めました。40歳で独立し、今のお店がある、銀座で「すきやばし次郎」を創業して以降、お鮨を握り続けています。

趣味や日課は何ですか。

身の回りの世話をしてくれている義娘(次男のお嫁さん)との散歩が日課です。
自宅の周りで300mほどの距離を、休憩をはさみながらゆっくりと散歩しています。
杖を使わず、しっかりと歩くことを心がけています。
また、山登りが趣味で休みのたびに登山をしていました。富士山には13回も登りました。今も自分の足でしっかり歩けるのはこのおかげだと思っています。自宅から職場のある銀座までの約10kmを歩いたことも何度もあります。

普段の食事やお好きな食べ物について教えてください。

朝昼は義娘と、夜は長男と一緒に食事を取り、1人前をしっかり食べています。
好きな食べ物は天ぷらで、40年来の友人たちと一緒に1か月に1回程度、天ぷらを始め、様々な料理を食べに行ってます。

元気の秘訣はありますか。

よく食べてよく働くこと、ですね!
鮨職人のときは、しっかりご飯を食べて、朝の仕入れから夜遅くまでの長い時間働いていました。

鮨職人としてここまで続けてこられた理由はありますか。

自分の好きな仕事を一生懸命やってお客さんが来てくれたからですかね。
味で勝負する世界でどこにも負けない鮨を握り、褒章やギネス認定など、賞状を沢山もらえたことも励みとなりました。

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